三光院の思い
誤解されることも多いのですが、、
三光院は飲食店(食堂、レストランの類)ではありません。
初めて門を叩かれる方は、飲食店と同じ基準で評価される場所ではないことを、まずはご理解していただきたい。コスパ(料理の質)、個別にとっての快適な空間、行き届いた接遇などを求められる場合には、世の中にいくらでも他に多様な選択肢があり、飲食店がございます。
同様の基準に立ったとしても、三光院で満足していただけるケースは少なくないのですが、大前提としてそこに軸足はございません。
お浄財をいただいて運営している以上、三光院は、現代の法律に合わせて飲食業許可も得ております。しかしお浄財は定価や料金として機能しているものではありません。
混乱が少ないように、分かりやすい目安として設けてはおりますが、誰に対しても一律で提供する対価サービスとは異なるものになります。
宗教法人というのは日本国内において、圧倒的に税制優遇をされいる存在です。
禅寺において、精進料理を一般の方々に提供するということは、単なる「商売」という枠組みを超えたものでなければ存在価値がありません。「宗教的・教育的実践」として「食を通じた禅の普及(食禅)」及び「命の循環への感謝と奉仕」という意識化の啓蒙活動が根底にあります。
同じ空間を共有し、同じ時間に一斉に食事が開始されるのも、効率効果だけが理由ではありません。時には食事以外を目的にする方々とも、同じ空間と時間を共有していただくことになります。このような姿勢への許容度が少ない方との関係は、三光院としても浅くなってしまうのは致し方ないことだと考えます。
三光院は「みんなのお寺」でもありますが、それは「誰にとっても都合の良いお寺」として機能させることではございません。三光院には三光院の歴史があり、信仰があり、核があります。そこの理解をしていただかないと、三光院との関係が「飲食店と常連客」であり「利益団体とそれを利用する個人」になってしまいます。
三光院の料理があまりにも美味しいので、長く通われている方の中にも、「三光院は美味しい精進料理のお店」と認知してしまっている方々が少なくありません。
そしてそれは有難いことでもあるのですが、これから御縁を持つ方には、最初に申し上げおきます。三光院の精進料理は魅力的で美味しいのですが、三光院は飲食店ではありません。
比丘尼御所由来の文化を大切に継承する、尼禅寺になります。

